■遙3■ one act ~夜半の月(☆)
ふと喉の渇きを覚えて、恐らくは深夜だというのに眼が覚めてしまった望美は、傍らに感じられる想い人の温もりと寝息に未だ慣れず、一人で頬を染めた。
枕代わりになっているものも、望美の腰を抱き寄せるように添えられているものも、逞しい腕は経正の存在をまざまざと感じさせる。それは例えば日中、互いの顔を見つめて微笑みながら言葉を交わしている時とは、また違う充足感があった。
ただ眼が覚めただけだったら再び目を閉じて、経正に包まれる眠りの中へと直ぐに戻ったかも知れなかったが、一旦意識した喉の渇きは望美を褥から押し出そうとしかしない。暫く逡巡したものの、結局身体の要求に屈する形で、望美はなるべく気取られないように経正の腕から離れようと試みた。
「どこへ行かれるのですか?」
驚いてふり返った望美は、枕に頭を付けたまま真っ直ぐ見上げてくる経正と目が合った。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
眠りを妨げてしまったことを申し訳なく思う余り、望美は咄嗟に謝ってしまった。
「かまいませんよ。元より眠る必要すら無い身ですから…。」
そう言って望美の手を取った経正は、その指先に口付けた。
一瞬、鼓動と身体とを跳ね上がらせた望美が赤くなる。その顔を、確認するように見てから瞼を閉じた経正は、望美の指を掴む手に逃がすことの無いように力を籠めて、また味わうように唇で触れて続けた。
「ですが、貴女の温もり無くしては仮初めの眠りにも安らぎなど有りはしない…。」
経正が触れている箇所には、まるで火を付けられたような熱さが感じられて、望美の喉はなおさら渇く。二人きりで居る時、それが夜ならば殊更、どんな表情の経正も昼には見せない艶めかしさを漂わせている、と望美は思う。そして、そんな経正に請われることを拒むことなど、望美には出来るはずがないのだった。
「だから、どうか…私の側から離れないでいて下さいませんか?」
乾上がった喉に張り付いた舌をなんとか引き剥がして、望美は経正にやっと返すことが出来た。
「わたしは、どこへも行ったりしませんよ。…ただ、水を」
望美の一言に合点がいったように、経正の表情が昼間の穏やかさを取り戻したのは一瞬。
「あぁ、喉が渇いて?では、こちらに水差しが…。」
指し示された御帳台の脇には、確かに瓶子が置いてある。
「…お酒かと思ってました。」
そう思い込んでいたために、望美はその瓶子を全く気に留めていなかった。
「そうでしたか。」
几帳の脇から手を伸ばせば届く距離。経正は身体の向きを変えて半身を起こすと、その瓶子を掴んで引き寄せた。
「あ、ありがとうございます。」
受け取ろうと差し出された望美の手に、しかしそれが渡される気配は無い。怪訝に思って経正を見上げた望美は、その表情が再び夜のものになっていることに気がついて、少しだけ身構えた。
「どうなさいました?」
「あ、あの…」
「…喉を潤されたいのでしょう?」
言うが早いか、経正は持っていた瓶子を呷ってしまった。望美が呆気にとられてその様子を見上げていると、ぐい、と引き寄せられた。
「…っ!」
顎に添えられた手に促されるように唇を開けば、経正が含んでいた水が口移しで望美に注ぎ込まれていく。望美は目を閉じて必死で飲み下そうとはしたが、いくらかは零れて口の端を流れていくのが感じられた。
唇が離れ際に、経正が濡れた顎を拭うように舐めたのがわかっても、望美は目を開けられないでいた。経正に与えられた水のせいで、渇きが激しくなってしまうなどということは有り得ないことなのに。
薄物にしがみついた手を離すことなく目を開けない望美に、経正がゆっくりと覆い被さる。
「これだけでは足りませんでしたか?」
その言葉が渇きを癒すための水を指しているのではないと、お互いにわかったうえでの問答。
こくりと頷く望美を満足げに抱き締めて、経正はもう一度、互いの身体をゆっくりと褥の上へと横たえた。まるで山の端で躊躇う月を引き招くように、望美の身体は経正の陰に隠されたのだった。
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コメント
手ブロの87さんの記事にコメントしたものを、自重できずに書き起こしてしまうアタシ…。なのでこの一編は87さんに捧げたいと思います(^^;
87さんの兄上の色っぽさは、なかなか表現できませんけれど。すごくフェロモン漂ってる気がします♪
投稿: Sammy | 2009年7月11日 (土) 06時18分