■遙3■ one act ~逢瀬(☆)
御簾越しに言葉を交わすどころか、几帳の影に身を隠すこともせず、目まぐるしく変わる表情を扇で遮ることもしない目の前の少女を、経正は顔に出しこそしないが感歎の思いで見つめていた。
─生きる、という理から離れた身には、なんとも。
眩いばかりの美しさ、存在感、生命力、そんなもの全てが、目の前に居る元龍神の神子を光り輝かせて衣通姫となさしめていた。
同郷で幼馴染みであるという元還内府と同じく、時折聞いたこともないような言葉を交え、身振り手振りと表情とで進められていく会話には、経正に厭きる要素を見出させなかった。質問するのもされるのも、同意して頷くことはもちろん、わかりかねて首を捻り苦笑して言葉を濁すような事であっても、心が浮き立つように楽しくてしょうがない、としか経正には思えなかった。
それ故に。
時は、名人が弦から放った矢の如く瞬く間に過ぎていったらしかった。
「…神子、来ていたのか!」
本来、望美が尋ねてきた相手である弟の敦盛が驚いて声をかけてくるまで、経正は外がすっかり暮れていることにすら気がついていなかった。
「おかえりなさい、敦盛さん。敦盛さんの代わりに経正さんが相手してくれて…」
「申し訳ありません、神子殿。いつの間にか、このように暮れていたことにも気がつきませず。」
にこやかに敦盛を迎える望美に、経正は思わず詫びてしまった。
気のきく家人達は、話に夢中になっている二人の周りで、邪魔にならぬようあれこれと世話を焼いていたらしい。喉を潤すも、空腹を満たすも、意識せずとも手を伸ばせる範囲に調えられていた。
いつの間にか灯明すら点っていることに、経正は全く気がついていなかった。
(…わ、私はそれほどまでに神子殿との話に夢中になっていたのか?)
試みに省みても、意識していなかった以上確たることは無いばかりで、経正は己に呆れるしかなかったのだが…。いくら思い返しても、ついさっき話しだしたばかりのようにしか思えなかった。
「わたしこそ、何だか経正さんがすごくちゃんと話を聞いてくれるから、時間とか忘れちゃってました。ごめんなさい。」
他に約束とかありませんでしたか?と、却って申し訳ながる望美に、経正は居住まいを正して答えた。
「神子殿のお話を伺える機会を得る以上の用など、ございません。私の方こそ、あまりにも楽しいお話に、時を顧みませず…。」
何やら互いに申し訳ながる二人を見ながら、困ったように躊躇いながら、敦盛が割って入った。
「…それで、その、神子は私に何の用があったのだろうか?」
問われて敦盛の方を向いた望美の顔が、驚いたように目を見開いて、直ぐに照れた笑いを浮かべて視線を落とした。
「…え~っと、何だったかな。」
「み、神子?」
呆れたように望美を呼んで絶句した敦盛に、望美が勢いよく頭を下げる。
「確か、なんだかいろんな事を話したいと思って出てきたはずなんだけど…なんだか経正さんと話して気が済んじゃったみたい、かな。」
「そ、そうなのか…。」
困惑した返事しかできない弟を見ながら、経正は今が灯明の明かりが必要な時刻であることに感謝した。
もし昼日中の明かりの中であったなら、望美の言葉に大きく脈打った鼓動のせいで、心なしか熱く感じられる頬の辺りを、二人に看破されていたかも知れないと思ったからだった。とりあえずこの場を取り繕うべきだろうと、経正は口を開いた。
「せっかく敦盛も戻ってきたのですし、よろしければ神子殿、共に夕餉を召し上がっていかれませんか?敦盛も、よいだろう?」
唐突ではあったものの、経正の招きに望美が異存のあるはずはなかった。
招待が受け入れられたことに満足した経正が、家人に改めて指示を出すと、支度はあっという間に調えられた。
敦盛もそのこと自体を云々する気は毛頭無かったが、いつになく浮き足立っているような兄の様子が不思議でならず、食事の間中、つい値踏みするような凝視を向けてしまいそうになるのを抑え込むは、かなりの努力を要したのだった。
和やかに食事をしながら交わす会話に、経正は、二人きりの時より幾分ゆったりと感じられるのが不思議だと思いつつ、望美と敦盛とを眺めていた。
和平がなった時以上の充足感を覚えながら、経正が思ったのは、今この時口に運ぶのが殊の外美酒であるということだった。
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コメント
和泉さんとの逢瀬が楽しすぎて、本当に時間を忘れてしまいました。ありがとうございました♪
きっと、恋愛の初期から最盛期ってこんな感じ(^^*←
投稿: Sammy | 2009年6月29日 (月) 17時11分