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2009年6月19日 (金)

■遙2■ theme embrace ~無言の抱擁

 ふと会話が途切れて、それきり泰継が黙り込んでしまってから半時。花梨はそろそろ限界に近づいていた。
 もともと泰継は口数が多いわけではない。二人でいる時はそれでも喋ってくれる方だが、やはり花梨が一人で喋っている感は否めない。それ以外では、よほどのことがなければ相槌が関の山だった。
 「よほどの」場合、泰継は単刀直入に事実を述べる。そこには他者との距離を慮ったりするような気遣いは存在しない。それ故に時折、泰継は誤解され、避けられてしまう結果になるのだが。
 泰継自身、以前はそういう状況を顧みることを全くしなかった。他人にどう思われようと、己の為すべき事を為す。それだけが必要なことだったからだ。
 だが、今は違った。
 花梨は泰継に気付かれないように、なるべくそっと溜めていた息を吐き出したのだが、同時に部屋の空気がピシリと音をたてたように緊迫したのを感じて失敗を悟った。

「…あの、泰継さん。」

「…なんだ?」

 ほとんど無表情で花梨を見つめながら返事をする泰継の容貌は、整いすぎるほど整って美しい。
 あまり正面から見つめてしまうと、見惚れて何も言えなくなってしまいそうで、花梨は思わず目を逸らしてしまうのが常だった。

「何か、わたしに出来ることがありますか?」

相手の顔を見ないまま尋ねる花梨の横顔から、泰継は視線を外そうともしなかった。

「なぜ、そんなことを聞く?」

「なんとなく…、泰継さんが、何か悩んでるような気がして。」

「神子は、私の心が読めるのか?」

「…読めるわけ無いじゃないですか。」

そう言って花梨はまたうっかり溜息をついてしまった。それを見た泰継が、明らかに沈んだ様子で目を伏せた。

「私と一緒では退屈か。」

断定的な言い方に、花梨が思わず否定する。

「そんなはず無いじゃないですか!」

 その勢いに気圧されて、目を逸らすのは泰継の番になった。
 つい声を荒げてしまったことで感情を昂ぶらせてしまった花梨は、そのつもりもないのに喉元へ迫り上がってくる嗚咽に負けまいと表情を歪めていた。

「そ、んなはず…無いです。でも、泰継さんは何も言ってくれない、から。」

 花梨の震える語尾に、泰継は引き寄せられるように視線を戻した。訴えるような花梨の瞳に見えれば、そこには今にも溢れそうな雫が浮かんでいる。その、刹那。

「…神子!」

何を思う間もなく、衝動的に花梨の腕を掴んで引き寄せた。それは泰継自身にも考えられない行動だった。
 いきなり泰継の胸の中に引き込まれて、花梨が驚かなかったわけではない。しかし、言いかけたことを最後まで、泰継に伝えたくて震えて途切れそうになる声を必死で繋げた。

「っ…わ、わたし、言ってもらわないと何もわからな…」

言い終わらないうちに、抱き締められていた身体が束の間解放された。一瞬、花梨の顔面にぶつかるように迫った泰継の唇が触れたのは本の一瞬で、次の瞬間にはもう、再び抱き締められていた。
 突然の出来事に、どうしていいかわからないまま泰継の腕の中に抱き戻された花梨は、静かにふってきた泰継の声を聞いた。

「…わかっているのだ。ちゃんと、お前に伝えねばならないと…だが、それは」

 泰継の腕に力が籠められて、抱擁は痛いほどになったにも関わらず、花梨はされるがままでいた。

「言葉で、この感情を伝えることは…容易くない、のだ。…すまない。」

そして、やっと聞き取れるほどの声が。

「私を嫌わないでくれ、神子。」

 堪えていた涙が堰を切ったように花梨の眼から零れて、泰継の布袴を濡らす。花梨は自分の腕を泰継の背中へと回すと、想いが伝わるように抱き返した。

「嫌いになんか、ならない。…なれないですよ、泰継さん。だって…」

元の世界へ還ることと引き替えにしても傍に居たいと願った、誰よりも、何よりも大切な人だから、と。
 泣きながら途切れる声で、それでも最後までちゃんと口にして、花梨は泰継に縋りついた。

「…神子。」

「…泰継さんが、話したくないなら話さなくてもいいんです。…でも、それなら」

「神子?」

自分でも大胆なことを言おうとしている、と頭の中を過ぎる考えに気がつかなかった振りをして、花梨は続けた。

「せめて、こんな風に泰継さんを感じられる距離で居させて欲しいの…。」

 一瞬硬直した泰継の身体が、また直ぐ緊張を解いて抱擁を強くしてきた。

「良いのか?…こうやって、神子に触れたままでいても?」

 言葉無く頷いた花梨の頭に手を添えて、泰継は目を閉じた。花梨の傍に居るうちに、いつしか慣れ親しむようになった感情が溢れ満ちて、泰継の口元は緩やかな微笑みを象っていた。

 この日、夕餉を知らせに紫が廂を訪れるまで、泰継と花梨は言葉もないままにただ抱き合って過ごしたのだった。

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Haruka(二次創作)」カテゴリの記事

コメント

昨日、一昨日と、トンビさまの企画に参加させていただいた関係で、アクセス数がいつもの三倍近くになっていてビックリです。しかも、拍手とかそこからのメッセージまでいただいて…!
そんな方々に申し訳なくて、昨日は思わずお詫び記事を書いてしまったのですが。
一応、過去を省みて書きかけたまま放置していたものを拾い上げてみました。…クオリティはともかく。か、枯れ木も山の、なんとやら…です(^^;

他にもサルベージできるものがあればいいのですが(歳時記の後編とか、そっちが優先だろうと思わなくもないのですが、閲覧制限有りだし、そっちのパス知ってる人は一握りなのでつい、後回しにw)。

根が単純なので、反応があるとやっぱり嬉しくて盛り上がってしまうのでした。ありがとうございます!

投稿: Sammy | 2009年6月19日 (金) 11時04分

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